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#旅の水彩画

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壊れたエアコンが交換されました!これで湿気対策もパーフェクト!アルティオ復旧も前進、夏をむかえられます。

仙台はまだ涼しくエアコンいらずでしたので、夏本番を迎える今、ちょっと安心しています。パソコンが普及する前は夏の暑さもガマンガマンできましたが、今のご時世、私より先に、昔で言えば読み書きそろばんに相当する「パソコン」が悲鳴を上げますから,エアコンは必須です。

さて、夏本番を前に、灯台の絵をギャラリーにアップしました。
ヘルシンキとイングランドホワイトクリフ、そして故郷岩手の小さな港の水彩画です。
灯台って以前から好んで描くモチーフでした。特に外国の灯台は個性豊かで主張が強く、絵になりますね。
以前旅した、英国コーンウォールやフランスブルターニュもいい灯台がありました。

アルティオが水難にあったのは、思い返せば四半世紀やってきた節目の出来事でした。ここでちょっと立ち止まって、冷静に針路を引き直してみてもいいんじゃない?と灯台に言われているような気がしています。安全な航路は焦っていてはみつからない。座礁するのが関の山。灯台の光を今一度見つめ直してみたいと思います。

ギャラリーにアップした灯台をどうぞ、ご覧ください。

 

 

灯台4・「霧笛」三陸の防波堤灯台

灯台3・イギリスホワイトクリフの灯台とかもめ#灯台 #ドーバー #sevensisters #whitecriff #england #水彩 #古山拓 #lighthouse

灯台2・イギリス・ホワイトクリフの灯台

#灯台 #ドーバー #sevensisters #whitecriff #england #水彩 #古山拓 #lighthouse

灯台1.ヘルシンキの灯台

二年前の銀座個展は、搬入日の朝、急な突発入院。妻が急遽会場に向かい接客しました。その個展にいらしてくださったお客様には本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。

今年は万全を期して、体調も整えて、、、と、準備万端だったはずが、昨日のブログに書いたようなギャラリー店舗の水難顛末。この二日間、あれやこれやと目の回る忙しさでした。

進行している仕事の関係者からは「まずは個展と店舗の事態収束を最優先にしてください。」の言葉が。救われました。…ありがとうございました。
ちょうどトラブル発生の午後、あるお寺様から散華用の絵の下絵をお見せすることになっていたのですが、届けながら「実は…」と話すと「この散華は厄よけですよ。心配しないで」この言葉にも助けられました。…ありがとうございました。
また、イタコ(ほんとです)の友だちからは「大丈夫、露ばらいですよ」とさりげなくメールが。…ありがとうございました。
フェイスブックでも何人もの友だちから、「必要なことあったら声かけて!」とメッセージが。…ありがとうございました。

というわけで、ありがとうがの気持ち一杯のまま、明日の搬入、無事仙台から東京にお邪魔します。

出品作より、フランスリヨンを描いた「家路」です。東京滞在8日間。仙台に帰るときは笑顔で家路につきたいです。

東京に居る間は,ブログはお休みして、フェイスブックでご報告したいと思います。

古山拓水彩画展「角をまがれば」
会場:ギャルリ・サロン・ド・エス 東京都中央区銀座6-3-2 ギャラリーセンタービル2F

 

#仙台在住水彩画家|#古山拓|#フランス風景|#リヨン風景|#透明水彩|#イラストレーター

 

銀座個展案内DMをようやく発送しました。一言ずつメッセージを書いていて、終盤あることに気がつき,一気に冷や汗が。

なんと、、、DMに略歴を載せ忘れていました…。

これじゃ,画家がどこに住んでて、どんなヒトなのか、わからない(*_*),いやはや、、、…と嘆いたところで、仕方ありません。所詮絵描きは「ドコノ馬ノ骨」職業。
直感で見ていただき、厳しいご指導をお待ちしています。

一応、以下にプロフィールかいつまんだものです。

#岩手出身です
#寅年・天秤座です。
#仙台の画家です
#無所属です
#独学です
#1962年生まれです
#東北学院大学史学科卒です
#イラストレーター水彩画家です
#おおいにヌケています

今日はお世話になっている「いぶき保育園宮城野」の石井さんから、うれしいことにセパ交流戦=楽天×巨人戦のチケットをプレセントいただき♩コボスタに行ってきました。
残念ながら仙台ホームで楽天は負けてしまったけど、久しぶりの気分転換、楽しかった♩ありがとうございました!


トップと末尾のイラストは、いぶき保育園宮城野さんのアイテムに使用されている私が描いたイラストレーションです。
仙台で保育園お探しの方、「いぶき保育園宮城野」、特大級にオススメいたします。

今日6月1日は、イラストと水彩制作の事務所「古山拓絵画工房ランズエンド」の独立記念日です。
25年の長きに渡って、「描くフリーランス」で食べさせてもらってきました。皆様、ありがとうございます。心より感謝申し上げます。

ところで、フリーランスの語源はヨーロッパの中世の「槍騎兵」にあるということ、ご存知でしたでしょうか。
中世において王や諸侯たちは戦争があると傭兵団を雇いました。そんななか、傭兵団には属さずに単身戦場に臨む槍を持った槍騎兵がいました。当時槍騎兵をlancerと呼んでいました。フリーのランサー。それがフリーランスの語源です。

当時は兵士を指していた「free lancer」が、時代を経て「組織に属さず働く」という意味にかわってきたようです。フリーランスのフリー(英: free)は、“拘束されない”という意味。タダで描くという意味ではありません。(一部Wikipediaによる)

フリーランスが報酬を得るのは、昔から自分が持つ腕だけが頼りだったんですね。ちょっとの油断と腕を磨くのをおこたると、戦場では死が待っていました。今のフリーランスは殺されることは無いにせよ、お客様との縁やスキルをないがしろにすると仕事が無くなります。そういう意味では死と同じかもしれません。

私自身のフリーランス二十五年をふりかえってみると、どん底もあれば、ほどほどのときもあり,討ち死に一歩手前もありました。まさに大波小波。とにもかくにも今まで生き残ってこれたことが最高の叙勲、と、思いたいです。

そんな節目、広告代理店からある広告イラストレーション仕事を発注いただきました。広告代理店でのミーティングルームには、関係者全員が集まっていました。フリーランスのイラストレーターは、いわゆる末端業務。そうないことです。ゆえに気持ちが引き締まりました。まだ明かせませんが、槍ならぬ筆をおもいっきりふるい、今までの経験を最大限に活かしたいとおもいます。今宵は自宅で小さく前勝利を祈って乾杯します。

1994年から25年、今までお仕事をくださった大勢の方々に感謝しています。そして、これからもよろしくお願いいたします。

今日の一枚は、本日独立記念日に(!)有り難くもN様のご自宅へ嫁入りしていった、フランス中部のペルージュの路地を描いた6号水彩作品、「旅路」でした。
25年というトンネルの向こうに何が見えてくるのか?光にあふれた先を信じて頑張っていきたいと思います。

 

 

仙台は風の町です。気候もよく住み易い町ですが、風が強いのが玉に傷でしょうか。アルティオ店舗がある立町はそんな仙台を代表する川、広瀬川のすぐそばにあるということもあり、風の強さをより感じます。
風に向かうのはしんどいですが、「鳥が飛ぶときは向かい風に向かって飛び立つんだ」と、友人のU社長が今日のSNSでつぶやいていました。至極納得。

新しい試みは、見えないこと、読めない事態と不安要素が大きいですけど、それでもチャレンジしなければ同じところでぐるぐるまわっておしまいです。
作家の私と店長の妻は若い頃に風まかせの旅をしてきましたが、その旅が「風に向かえ」と教えてくれたように思えます。だって、長旅をしていると移動しないのが一番ラクなんだもの。ラクだけど降り掛かって来る旅の神様からのプレゼントはどんどん少なくなってくる。これは不思議。

仙台での日常に戻りましたが、しばしホームでの給油ののち、あらたな風に向かうとしましょう。今、新しいことを始める準備が進んでいます。新しい風、かもしれません。一人だけでやっていることではないので、発表できるのはもうすこし先です。フリーランス画家は単独飛行に見えるかもしれませんが、そんなことはありません。個展にいらしてくださったお客様をはじめ、すれ違う人でさえ飛び立つことを支えてくれる大きな浮力であり支え、そして推進力に違いないんです。

絵は「Home」。来月開催の銀座個展案内DMに使ったイギリス・ウィットビーの港町。漁から港へ戻ってきた漁船を描いた一枚です。Homeがあるから明日もチャレンジできます。神戸から東京銀座へ。ホームとしての仙台,そして東北に感謝しています。

ギャラリーページにこの絵とフランスの港の絵をアップしました。どうぞ、ごらんください。

神戸の個展『Beyond the Sea』開催まであとひと月半となりました。準備が進んでいます。お世話になっている「日本橋Art.jP」さんが告知を打ち出してくれました。ありがとうございます。

はじめて神戸を訪れたのは、1999年。阪神淡路大震災の傷跡がまだ残っているときでした。物書きをやっていた友人の縁で、仮設居酒屋を営んでいた女将さんを訪ねたのでした。(女将さんは亡くなられました…)当時、長田区を中心に回ったのですが、震災の残滓がさら地とともにまだあちこちに残っていて仮設住宅もまだありました。

 女将さんは仮設に暮らしていました。小さな部屋だったことが記憶に残っています。そして仮設居酒屋では焼酎を飲みました。アテは「神戸のおふくろの味」。翌日、女将さんが通うお好み焼き屋さんに連れて行ってもらいました。ショッピングセンターに入っている店だったと思います。「神戸で一番美味しいのよ!今度神戸来たら必ずきなさい」…店の名前も残念ながら覚えていません、、、はたして、今、場所が分かるかな??

 その後、しばらく訪れる機会が無かったのですが、商工中金のカレンダー仕事の取材で再訪したのが2012年。そして、2015年、とある神戸開催のグループ展に参加したことがきっかけで訪れました。でも、ともに一泊二日の強行軍、あまりゆっくり見ることができませんでした。

 511日からの個展、場所は三ノ宮トアロードにあるトアギャラリーです。今回は一週間の神戸滞在です。個展出張なので日中はギャラリーに詰めなければなりません。それでも朝と夜は神戸を楽しもうと思っています。1999年に訪れた長田区も行ってみたいです。

 はじめての神戸個展ですが、SNSを通じて知り合った神戸や関西の友だちが個展のDMを店においてくれたり、撒いてくれています。ありがとうございます。もし、「置いてあげるよ〜「「配ってあげる」という方、もしいらっしゃいましたらDMを送りますので、どうぞメッセージをくださいませ。

 下にアップした写真は1999年の神戸長田区です。しかし、自分の髪の黒さにびっくりしました。当時連れて行ってくれた物書きの友人に感謝しています。心からありがとう。

++++

 正岡子規「はて知らずの記」を辿る辿った自著転載、今回は松島湾です。

 『子規と歩いた宮城』第8回 松島湾・1

「涼しさや かもめはなれぬ 杭の先」  子規

  「山やうやうに開きて海遠く広がる。船より見る島々縦に重なり横に続き遠近弁へ難く其数も亦知り難し。一つと見し島の二つになり三つに分かれ…(中略)…我位置の移るを覚えず海の景色の活きて動くやうにぞ見ゆるなる。」(はて知らずの記より)

 塩釜から船上の人となった子規の松島湾描写だ。私も塩釜汽船発着所から乗船し、湾内クルーズとしゃれ込んだ。目指すは子規と同じく松島の船着き場だ。

 太いエンジン音が高まると、汽船は岸壁を離れ湾内に滑り出した。遠くに一つに見えていた島が、進むにつれ二つ三つと分離していく。子規の描写と同じだ。写真では味わえない動的な面白さ。

 私の心をさざめかせたのは、養殖いかだや、湾内に突き立てられた竹の杭(くい)だ。海原と島々が主旋律なら、カモメたちが羽を休めるそれらは対旋律か。

 風光明媚(めいび)なだけではない、波間にのぞく漁民の暮らし。松島湾の魅力は、海に生きる人の力強さと島々のハーモニーだ。子規もまた、それらが奏でる極上の音楽を「見た」に違いない。

(絵と文・古山拓)