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東北の絵

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おかげさまでイラストレーターとして絵柄に関わらせていただいたバイタルネット様2019カレンダーが完成しました。

仕事は本当に目に見えない繋がりでやってきます。この仕事もそうでした。
私は毎秋、仙台藤崎百貨店で個展を開いていますが、はじめて個展開催したときのギャラリー責任者Sさんのお声掛けがあって今に至ります。

Sさんは数年前に定年を持って退職しました。そのときに名刺のデザインを相談されたのですが、名刺のキャッチイメージに、Sさんと私を繋いでくれたポルトガルロカ岬の水彩画を添えました。

今年の頭、Sさんがアルティオに立ち寄ってくれた時、
「古山さん、仕事、仕事!」
話を聞くと、旧い付き合いの印刷会社副社長にプライベートのハガキ印刷を頼んだとのこと。その折差し出したプライベート名刺を見た副社長が「カレンダーの仕事があるのだが、この岬の絵を描いた人に頼めないだろうか、、、」
そんなご縁でいただいた仕事でした。

実はSさんは書の達人でもあります。そこで月の和名を揮毫していただきデザインに組み込む案を印刷会社にプレゼン。クライアント様からも了解いただいて、初のコラボレーションが実現したのでした。

フリーランスのイラストレーターがどういうルートで依頼をいただくか?ネット全盛の時代に置いて、もちろんネット発信は欠かせません。わたしもウェブサイト、facebookやinstagram、note、業界紙が提供するアーティスト紹介サイトなど、可能な限り使っています。
その重要性はもちろんのことですが、ここ数年、それ以上に「リアルな人間としての繋がり」が以前にもまして大切ではないか、と思うようになってきています。

絵が刷られた小さな名刺が、手から手へ渡されたことによって生み出されたカレンダーです。
もしどこかで見かけましたら、そんなことを思い出してもらえると嬉しいです。

Sさん、そしてロカ岬の絵を心に留めてくれた印刷会社の副社長に心から感謝申し上げます。

  

#東北水彩風景  仙台東照宮素描

東北水彩画 「晩秋陽光」 大石田付近・山形

東北水彩画 有壁にて 宮城・有壁

染師 紺屋町にて・盛岡/岩手

調べものがあり、過去の個展データを開いていました。ふと一枚の船をさらっと水彩で描いた絵のデータがみつかりました。探し物は別の絵でしたが、この絵も以前からデータを探していた一枚でした。描いたのは2010年。場所は岩手陸前高田。震災前の広田半島です。

さっぱ船と呼ばれる、漁につかわれる細身の木造船です。陸に揚げられている様がリスミカルで思わずスケッチしていました。

1998年以降東北の風景を海辺山間部問わずあちこち時間を見つけては取材しましたが、水彩画に描かれた場所は特級品でした。思わず家に電話して、「宝物のような場所を見つけた!」と妻に伝えたことを覚えています。

目の前は海、背には防潮堤。その向こうにはすぐ民家が建っていました。津波に全て飲み込まれたはずで、今は様変わりしているはずです。懐かしく悲しい記憶の一枚です。

調べたものは、まあ、あまり意味をなさないものでした。この絵のデータを見つけるためのことだったのかもしれません。

山形個展初日、最初に嫁いだ絵は宮沢賢治をテーマにした作品でした。お客様は大沼デパートに偶然いらした方。いつも思うのですが、絵の嫁ぎ方にはなにか見えざる力のようなものを感じます。偶然とは違うような、なにか。いつもギャラリーにあるのは不思議感。ちょっと考え過ぎかな???

遠方のお客様で、お持ち帰りをご希望となりましたので、もうその絵は会場で見られません。すでにお客様の家の壁にかけられたのかな?巣立った自分の子供のようで、やっぱり気になるものです。

今回の個展では、宮沢賢治CDの山形初お披露目ということもあり、賢治作品も数点展示しています。

今日もいい出会いを楽しみに、午後イチから会場に入ります。ありがとうございます。

仙台立町のアトリエアルティオは今日木曜と明日金曜は妻がオープンさせています。なにかのついで、こちらもお立ち寄りくださいね。(土日は妻共々山形会場へ入るため臨時休業となります)

大沼個展、会期は9月4日までです。

 

 

いくつかの仕事が同時進行は,世の中の常。
どんな仕事でも複数の事柄が並列で動いているものです。絵を描くなんていう一見単純にみえる作業であっても、描いている最中に別の仕事のアイデアを考えていたりします。そんなもんです仕事人絵描きは。

…とかくと、たいそうなもんだ、と思われそうですが、私の場合、4つの事柄を同時進行させるとなると、なにかが抜け落ちる。げに危険なマルチタスク。

今日の午後のことです。絵を梱包し宅急便を出さなければなりませんでした。荷造りをして、クルマに積み込んだまではいいのですが、気がつくと集荷センターに向かうのがすっぽ抜け。考えていたのは別の仕事のこと…ハンドルは自宅アトリエに向かっていました(汗)途中ではっときづき、Uターンした自分にあきれた。

40代は5つぐらいの仕事の同時進行もできましたが、今は3つがセーフラインかな。

発送した絵は山形へ向かいました。明日から大沼で予告編用作品が展示されるとのことです。

山形と言えば、山形余目の家具作家桑ちゃんが、わざわざ立ち寄ってくれました。

先月一緒に展示したときの椅子が仙台の方に嫁いだのでした。うれしかったな。

 

「ぼくは地産地消作家だよ」

縁あってお付き合いいただいている児童文学作家、くすのきしげのり先生の言葉です。活躍の場は、中央の出版界、そして全国の書店、講演会場。数えきれないほどの著作と講演回数を持ちながら、それでも故郷の徳島鳴門にベースをおき創作活動しています。

地元から出る術を持てない表現者が悲しくも口にする「地元にこだわる」とは根本的に違います。先生のベースは、生まれ育った鳴門。地元での活動もしつつ、本戦は全国。先生の言う「地産地消作家」というユーモアセンスに脱帽します。

今朝、河北新報の朝刊にて、先生と8月11日に郡山で対談してきたことが取り上げられました。「交響曲『第九』歓びよ未来へ!」についてのおはなしでしたが、私は席上、流れもあって好きで何度も旅した奥会津のことを東北人として話しました。 くりかえしますが会場は福島県です。くすのき先生は徳島鳴門から、そし私は宮城仙台からの参加。そして講演内容は、国境をも越えた世界に通じること。わたしは岩手で生まれ仙台で働く東北の作家として、地域を越えて何ができるのかを、あらためて考えさせられました。

日本は狭くなりました。負け惜しみではない「地産地消作家」として私も頑張ろうと思います。

 

 

連作 「広瀬川に遊ぶ子供の情景」から

『濡らすなよ』(千代大橋付近)

 

『夏の終わり』(熊ヶ根)

 

『なにもしないよ』(大橋)

 

『夏の日』(角五郎付近)

『いつもの場所』(霊屋橋)

『小遣いの使い道』(愛宕橋のたもと)

 

『放課後』(八幡付近)

『じっとなんかしてられない』(牛越橋)