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今日もブログ連載中の「子規と歩いた宮城」をアップします。みちのく旅をどうぞご一緒に。今回からマップも添えます。俳句をなさっているかた、子規に興味がある方、マップを元にぜひ現地へ行ってみてください。ちなみに文中の子規の句は、私が最も好きな句のひとつです。

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『子規と歩いた宮城』第3回 

子規、西行との邂逅 -岩沼・愛島-

旅衣 ひとへに我を 護りたまへ  子規 

 

 愛島に実方中将ゆかりの道祖神社を詣でた子規は、墓所へと歩をすすめた。距離は神社からさほど遠くない。

 街道筋から脇道にそれ、ほどなく墓はみつかった。標柱脇の一房のススキが目に涼しい。


 子規の岩沼途中下車は、実方中将ゆかりの地を訪ねることにあったわけだが、墓所で西行の足跡と出会っている。

 今も柵で囲われたその傍らには、西行の句が彫られた石碑が立つ。


 苔むした表面を思わず指でなぞる。

 子規から見つめられているような、くすぐったい感覚。

 彼も、間違いなくここに立っていた。そう考えただけで、吹き抜ける風が百余年の歳月を払い去った。


 実方中将が葬られた岩沼を、西行、芭蕉が、子規が訪れた。そして今、何の縁(えにし)かそこに立つ自分がいる。


 「旅衣ひとへに我を護りたまへ」


 子規は西行との邂逅で、切ないまでの旅人の心境をこの地に詠み上げた。


 古今東西、人は不安を抱えながらそれでも旅を進めた。

 それは何かに繋がり、どこかへ還るためだったのではないか。愛島風景を眺めながら、そう思った。

 

 

 

ブレイクタイム:以下、今日のエピソードです。

「プレゼントのための絵を仕上げる水彩プログラムをやっていただけませんか?」
東北大学に留学できている中国人女性ソンさんから、2時間でご自分でポストカードサイズの水彩画を仕上げたい、、、そんな相談を受けました。
アルティオでは水彩教室はやっています。けれども「贈り物にするための絵を仕上げるプログラム」は初めてです。
初めてだからやらない、なんて理由はありません。描きたいモチーフを聞き、よろこんでお引き受けしました。

今日はそのプログラムの日でしたが、無事2時間で完成まで辿り着きました。
「プレゼントのための絵を仕上げる水彩プログラム」をやってみて自分でも,普通の水彩教室には無い「教えるメソッド」に気づきました。
ソンさんから終了後にいただいた言葉は、「楽しかったです。ぜひこのプログラムをもっと広めて行ってください。」
なんとも嬉しい言葉でした。

 

一昨年、はじめてアルティオに来てくれたSさんご夫妻のもとへ、ちび絵と一回り大きなスクエアサイズの絵が嫁ぎ、うれしいことにSNSでそのことを紹介してくれました。
お許しいただいたのでここに「お客様の声」として掲載させていただきます。
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久しぶりに我が家に新しい絵がやってきました。
一度お会いしてすぐに大ファンになった古山拓さんと拓さんが描く世界。
鳥はイギリスのロビンという小鳥だそうです。花はイタリアの野に咲くひなげしだそうです。
どちらも生きてるみたいに可愛いんです💕
尖った気持ちも安らぐようです♡
いつかどちらの国にも行きたいな~。
またアルティオさんに遊びに行って、ヨーロッパの海や街の風景の見ながら、古山さんご夫妻から旅行の思い出を聞くことにしようと♪
ガイドブックには載ってないような街のお話しがホントに楽しいんですよー
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はい、アルティオには旅好きな方もお立ち寄りいただいています。
近所にゲストハウス欅さんがあるのですが、そのお客様も時々ふらりと。
アルティオは「旅の水彩画」と、私達が旅先で知った「ヨーロッパの石鹸や雑貨」の質の良さを伝えたいとおもっています。

旅そのものを扱っているわけではないのですが、絵も雑貨も気持ちをリセットするやわらかなアイテムです。それらの空気が旅の空と似ているのかもしれません。心の「ツーリストインフォメーション」。そんな店でありたいです。
角をまがらないと見えない小さな店ですが、みつけたらどうぞ遠慮なくドアをあけてくださいね。

M・I・A
ときいて、「作戦行動中行方不明者」とぽんと出てくる人は、よっぽどの映画好きか、軍のことを知っている人でしょう。そんなタイトルの映画が昔ありました。missing in actionの略です。作戦中に行方不明になった兵士をそう言うらしいです。

東北学院大学(以下TG)を卒業して、しばらく私はM・I・A状態でした。バブル最盛期でしたが、仕事は不況どん底のアニメ業界。原画マンというほぼ日雇い状態の就労環境から、いくつかの会社を点々。住まいも変わり、当然行方不明者になっていました。よく今も「当時はM・I・Aでしたから」とつい言ってしまいますが、たいがいポカンとされます。(当たり前だ)

フリーランスイラストレーターとして、TGの学校案内の仕事なども何回かやっているのですが、そこは末端フリーランスの悲哀、名前が母校に伝わるはずもありません。母校と再度結びついたのは,広告代理店の営業K氏が私がTG出身者ということを知っていたからです。文学部を出て絵描きになっているという希少価値?が縁を呼び、TG・OB会報誌の仕事がその時はじまりました。震災前のことです。

このたびTG教養学部が設立30周年を迎え、一昨日の土曜日に紅陽グランドホテルで記念行事がありました。有り難くもお招きいただき、参列してきましたが、私が卒業したのは文学部史学科。それも35年以上前。盛大な式典でしたが知る人は学校関係者しかおらず、なんだか不思議な感じでした。

帰り際にわたされた記念品の中に、私が手がけたイラストを用いたクリアファイルが入っていました。
教養部の方が、気を効かせプロフィールまで作り同封してくれました。M・I・Aからなんとか生還した証として大切に使わせていただきます。このファイルが何かの縁に繋がることを信じています。ありがとうございました。

 

三月がはじまりました。月和名は弥生。

そういえばなんで弥生なのかな?というわけで調べてみました。(情報源はネットです。あしからず)
言葉の由来は、「木や草が生い茂る月」という意味の「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が縮まり、「弥や生ひ(いやおひ)」から「やよい」になった、との説があるようです。旧暦ですから春のにほひが漂っています。



別名・桜月、花見月。夢見月とも呼ばれているらしく、冬のじっとして、でもふくらませていた夢を始動させるにふさわしい呼び名だと思います。
わたしも実現させたいことがいくつもあります。春の足音Marchに拍子を合わせて、さらに一歩進める月にしたいと思っています。


前々関係ありませんが、そういえば、中学のときの同級生に弥生さんっていました。とても和の雰囲気のあった子でした。なぎなたとか似合いそうだった。いまどうしているのでしょうか?(笑)


今年の古山オリジナルカレンダー(CDケースタイプ)の三月絵柄は、大好きな英国湖水地方のフィールド オブ スプリング。お客様からのオーダーで描かせていただいた作品を使わせていただきました。

旅した場所はピーターラビット生みの親・ベアトリクスポッターの暮らしていたニアソーリー村です。

 

「取引先の新社屋完成のお祝いに絵を贈りたい」

二週間前にアルティオにいらしたお客様が、絵を決められ、今日、絵をお持ち帰りになりました。

タイトルプレートには、贈呈の文字を刻印してはりました。

お客様が帰り際にこういいました。

「いままで絵を見る楽しみを知らなかった。今回から変わりました。どこへ行っても絵が架かっているとつい見てしまいます。ありがとう。」

私たちは、その言葉をもらえて、本当にうれしかったです。

 

この絵は、二年前、やはり「新築贈呈用に」と嫁いで行った、スコットランドのinnを描いた絵です。

 

 

 

だれでも子供の頃、何かに影響を受けて今があります。それはある人は野球かもしれないし、サッカーかもしれない。ラグビーってこともあるし、踊ることや釣り、木登りかもしれません。自分に影響を与えたモノってなんだろう?と考えるきっかけがありました。今年四月開催する人形作家さんとの二人展企画のアイデア出しの時のことです。

過去に遡ってみます。私の場合は好きでやっていたことって、小学生の頃は、貝塚ひろしの戦記マンガや松本零士の戦場まんがシリーズをまねて描くことでした。

中学高校では映画にはまり、テレビとは違う映像アートに夢中になりました。
ヤマトや999の時代です。アニメもよく観ました。出崎統と杉野昭夫が作り出す「家なき子」「あしたのジョー2」そして原作換骨奪胎の名作「宝島」が好きでした。(過去形じゃなく今も好き)

大学では、谷口ジロー「事件屋稼業」や守村大の「イブのおくりもの」、大友克洋「気分はもう戦争」に新しい世界を見、「アキラ」は雑誌掲載のトビラをスクラップ。よくアングルをマネしてラクガキしていました。

その後、アニメーターとして社会人をスタートしましたが、それは自然な流れだったように思います。
当時のアニメーターの師匠は「いいアニメーターになりたいならアニメを観るな。映画と能を見ろ」と私に言いました。当時、能は分からなかったけど、映画だけはよく観ました。

こうみてみると、絵画がほとんど出てきません。今の自分の基層となり血肉を作ってくれたのは、紛れもなく映画とマンガ=カートゥーンでした。

昨日、人形作家の藤村みゆきさんと四月開催の二人展「ブンガク・カートゥーン展」の打ち合わせがありました。
文豪や文学を題材にした二人展ですが、タイトルにはあえてカートゥーン=マンガという言葉をもってきました。
自分にエネルギーを与えてくれた世界を大切にし、敬意を評し、楽しんでみたいと思っています。

何が生まれるか、自分でもわかりません。二人で話していると、どんどんやりたいことが出てきます。

深いところで基礎となっている感覚を大事に、それこそポップコーンのように弾き出せたら楽しいだろうなと思っています。

(アップしたマンガは二人展とは全く関係ありませんが、実話です)

アルティオによくいらしてくださるお客様、Y.Iさん。
Y.Iさんが、とあるテキストセミナーに出席、提出作例にわたしどもの「ちび絵」を取り上げ、紹介文を作ってくださいました。(「ちび絵」とは6.5センチ×6.5センチという小さなスクエア画寸の水彩画やアクリル画をあらわした、アルティオオリジナルネーミング絵画です。「海外の旅風景」「日本の風景」「花」「動物」など、さまざまなモチーフがあります。)

Y.Iさんが紡いだ文章には、描き手では書き得ない、やさしいまなざしがあふれていました。嬉しくもその文章を先日「テキストセミナーの感想の一部分」として、SNSで紹介してくれました。転載許可をいただきましたので紹介させてください。だってとても嬉しかったのです。

『ちび絵。それは画家の古山拓さんによって描かれる、あたたかな想い。ひとつひとつにストーリーがあり、その背景を知らなくても不思議と持つべき人の手に届いてしまう。両手におさまるサイズは「自分の絵」という気持ちをかきたて、愛着が増す。多彩なタッチ、様々なテーマに、ほしい絵が増えていく。』

感謝です…小さな世界から広がる、よりたくさんの物語を、丁寧に描き続けたいと思います。ありがとうございます!

今日アルティオは企画展「水彩で描くヨーロッパ展」開催中ということもあり、オープンしていました。

壁面バックヤードアトリエで描いていたちび絵は、お客様からオーダーいただいた「原爆ドーム」でした。私が昨年広島へ旅したことを知ったお客様が、「とある想い」を抱いてのオーダーでした。

小さなサイズに描く原爆ドームはとても大きく重かったです。(画像はドローイングの一部です)

描いているときは、その絵がどこに嫁いで行くのかわかりません。ただただ無心に描きます。

このちびっ子達が花束を持っている絵は、アルティオオリジナルメッセージカードに使われている一枚ですが、原画が東松島市の鳴瀬中央医院に嫁ぎました。

院長先生がアルティオで「この絵は医院の壁にかけます」と決めてくださいました。先日写真を送っていただきました。

実は鳴瀬中央医院の待合室には4枚の私の絵が架かっています。そこに座る方は体調を崩してくる方が多いでしょう。そんな待合室でまっている間、すこしでも気持ちがほぐれてくれるといいな。

花を抱えたちびっ子ピクチャーは、スマイリー。もちろん快復オーラ全開ピクチャーです。

待合室の写真から院長先生の暖かさが伝わってきました。

「フィンランディア」 ヘルシンキ

今、「旅先で印象に残った町を描いてほしい」とのオーダーをいただき、イタリアの風景水彩画を描いています。資料はお客様から送られてきた数枚の旅のスナップです。
絵にするときに写真をそのまま描けばいいかというと、そうはいきません。エスキースで構図を練りなおし、アングルまで再構成し、新しい構図の「一枚」として表現していきます。

この時、役にたっているスキルが、最初アニメーター、のちにイラストレーターとして培ってきた「仮想アングル」を生み出すデッサン力だと思っています。
とくにアニメーターという仕事は,架空の世界=目の前に無い世界=を様々なアングルから描けないとなりたちません。私がアニメーターだった時代はずいぶん昔のことですが、その世界に身を置き学んだことが、今も役に立っています。

そんな仕事のさなか、嬉しいメールをいただきました。
先般別のオーダーをくださったお客様Oさんからの「贈り先からとても喜ばれました」というお礼のメールでした。

お客様のOさんとアルティオの私どもの出会いは、とあるギャラリーでの個展でした。
そのギャラリーには別の用事でいらした様子でしたが、私の描いた一枚の絵の前で足を止め、「この水彩画,素敵じゃない!?」

一度はギャラリーを後にしたのですが、再びもどっていらっしゃって、「この絵にひとめぼれ、つれて帰ってもいいかしら?」フランスの世界遺産モンサンミシェルを印象的に描いた一枚でした。
額もこだわって選んで入れていたのですが、その額のことも見抜かれて、嬉しい出会いだったのです。
絵を見るのがとても好きということで、その後、アトリエアルティオにも時々いらしてくださっていました。

そのOさんからオーダー依頼の連絡が入ったのが、一ヶ月ほど前のことです。内容は、「親しい方に赤ちゃんが生まれたので、透明水彩で描いてほしい。」というもの。

このたび、無事描き終わりプレゼントの絵は無事贈り先の方の元へ届き、「とても感謝されました、ありがとうございました」。

私どもにとっても、それはとても嬉しい仕事でした。心より感謝申し上げます。

あけて今朝、私どもとお付き合いいただいている方から電話が。

「取引先の支店長がお客様に絵を贈りたいそうだから、支店長をお連れするね!今日はいるかな?」

本当に私どもはお客様に生かしていただいています。感謝の言葉以外にみつかりません。毎日が有り難うございます、なのです。

もし、絵の注文をしてみたい、、、と思われましたら、まずは、どうぞ気軽にこちらのページよりお問い合わせください。
もうすぐ春です。