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#透明水彩

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共時性、というんでしょうか、立て続けに同じ話題が異なる方向からやって来ることが多々あります。
昨日のこと、それは宮沢賢治でした。

こう書くと「おっ!きたな!アヤシイぞ、こいつ!」と思う方も居るかもしれませんが、別にスピリチュアルな画風を売りにしているイラストレーターではありませんし、ましてやなにかこう、カリスマをプンプンにおわせる画家でもありません。
それでもそういう体験が結構多い。いわんや目に見えない思考の磁場みたいなものってあるんじゃないかな、と思いたくなります。

昨日は宮沢賢治がらみのイラスト仕事をしていたのですが、ただ描くだけではなく今後の宮沢賢治作品の展開を考えていました。すると夜、一本のメールが。それは小学校の同級生からの「今、銀河鉄道の夜を読んでいるけど、すごい物語だね」という内容でした。心の中では、「おいおい、、今日は一体どういう日なんだ、、、。『賢治の絵をもっと描け』と言われているような、、、。」

そんなわけで、賢治絡みの絵をアップします。
水彩画は、故郷岩手の北部、岩手町郊外で出合った風景です。雪原に立つ一本の木を見た瞬間、思わず「又三郎だ」とつぶやいていました。タイトルは「風の少年」。1号程度の小品です(お客様の御宅の壁に嫁入りしています-個人蔵)

風の向くまま、なんていいますが、日々繰り返される共時性から「あらたな道筋」を考えるならば、意外にも風に乗ることができるかもしれません。get on the wind(…..とおもって生きています^_^まだ乗れてないけど)

まだ暑い日が続いています。
一筆雪景献上かしこ。

 



古山拓オリジナルカレンダー8月の水彩画は、ポルトガル・アレンレージョ地方のエストレモスです。(KTCという謎のメモはご愛嬌。)
コロンブスが世界一周を命ぜられた城が今はポウザーダ(古城ホテル)として使われています。その城を透明水彩で描いた作品。タイトルは「物語のはじまり-王国にて」。(絵の具はセヌリエ。水彩紙はハーネミューレのセザンヌ水彩紙。この二つのアイテムはここ数年私の使う画材の定番。)

カレンダーをお求めくださった皆様、すでに8ヶ月も私の絵にお付き合いいただき、ありがとうございます(最敬礼)

私がポルトガルを取材したときは連日40度をこえる猛烈な熱波がきていました。バックパックでの取材旅でしたから荷物は少なめ、よって毎日洗濯をするわけですが、洗濯物を窓辺にさらすと、あっというまに「ぱりぱりっ」と乾くのでした。

今年は急激に日本にも暑い夏が来ています。みなさま、くれぐれも体調には気を配って8月を乗り切ってください。

◎7/17水曜日より、アルティオ通常営業再開します
◎営業時間11:00〜18:00、日月祝休み

上階からの漏水被害とはいえ、結果一ヶ月以上も休業することになってしまいました。その間、皆さまにご迷惑、ご心配をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げますm(_ _)m

留守にしていることも多かったため、せっかく訪ねてくださったのにお会い出来なかったお客様もいらして本当に申し訳ありませんでした。
まだ完全復活という訳ではありま
せんが、ようやくお店も片付きお客様をお迎えする準備が整いました。
是非是非、模様替えをしたアルティオにお出
かけください!!

7/14再スタート♪
8/2金曜日からは、感謝のリボーンフェア開催🎶
フェア詳細は追ってお知らせいたします(^-^)/

 

気がつくと七月が始まっていました。
古山拓2019オリジナルカレンダーから、「eyes of the friend」。
ブラッドベリの短編物語「霧笛」からインスピレーションを受けて描いた水彩作品です。
 
最近思います。物語は出版社の専売特許じゃない、誰でもが日々物語に満ちている、と。
七月はどんな物語が待っているのでしょうか?
舞いおりる出会いや出来事のタイミングは、別の角度から見ると、違った物語に生まれ変わります。

わたしは「絵は物語だ」と思っています。文学部に籍を置いていた影響も多少はあるのかもしれません。
先日の銀座個展で、一人の女性が「この絵はわたしに「おかえりなさい」と言っているの」と印象を伝えてくれました。
描いた水彩世界から、見る人それぞれが物語を紡いでもらえるとうれしいです。

復旧工事が進むアルティオは、昨日7月1日、壁面壁紙の張り替えが終わりました。
このあとバックヤードのミニキッチンの修繕です。それがすめばリニューアルオープンに向けて、被害免れた荷物の運び込みです。

ギャラリー店舗再開まであと数歩です。

二年前の銀座個展は、搬入日の朝、急な突発入院。妻が急遽会場に向かい接客しました。その個展にいらしてくださったお客様には本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。

今年は万全を期して、体調も整えて、、、と、準備万端だったはずが、昨日のブログに書いたようなギャラリー店舗の水難顛末。この二日間、あれやこれやと目の回る忙しさでした。

進行している仕事の関係者からは「まずは個展と店舗の事態収束を最優先にしてください。」の言葉が。救われました。…ありがとうございました。
ちょうどトラブル発生の午後、あるお寺様から散華用の絵の下絵をお見せすることになっていたのですが、届けながら「実は…」と話すと「この散華は厄よけですよ。心配しないで」この言葉にも助けられました。…ありがとうございました。
また、イタコ(ほんとです)の友だちからは「大丈夫、露ばらいですよ」とさりげなくメールが。…ありがとうございました。
フェイスブックでも何人もの友だちから、「必要なことあったら声かけて!」とメッセージが。…ありがとうございました。

というわけで、ありがとうがの気持ち一杯のまま、明日の搬入、無事仙台から東京にお邪魔します。

出品作より、フランスリヨンを描いた「家路」です。東京滞在8日間。仙台に帰るときは笑顔で家路につきたいです。

東京に居る間は,ブログはお休みして、フェイスブックでご報告したいと思います。

古山拓水彩画展「角をまがれば」
会場:ギャルリ・サロン・ド・エス 東京都中央区銀座6-3-2 ギャラリーセンタービル2F

 

#仙台在住水彩画家|#古山拓|#フランス風景|#リヨン風景|#透明水彩|#イラストレーター

 

銀座個展案内DMをようやく発送しました。一言ずつメッセージを書いていて、終盤あることに気がつき,一気に冷や汗が。

なんと、、、DMに略歴を載せ忘れていました…。

これじゃ,画家がどこに住んでて、どんなヒトなのか、わからない(*_*),いやはや、、、…と嘆いたところで、仕方ありません。所詮絵描きは「ドコノ馬ノ骨」職業。
直感で見ていただき、厳しいご指導をお待ちしています。

一応、以下にプロフィールかいつまんだものです。

#岩手出身です
#寅年・天秤座です。
#仙台の画家です
#無所属です
#独学です
#1962年生まれです
#東北学院大学史学科卒です
#イラストレーター水彩画家です
#おおいにヌケています

今日はお世話になっている「いぶき保育園宮城野」の石井さんから、うれしいことにセパ交流戦=楽天×巨人戦のチケットをプレセントいただき♩コボスタに行ってきました。
残念ながら仙台ホームで楽天は負けてしまったけど、久しぶりの気分転換、楽しかった♩ありがとうございました!


トップと末尾のイラストは、いぶき保育園宮城野さんのアイテムに使用されている私が描いたイラストレーションです。
仙台で保育園お探しの方、「いぶき保育園宮城野」、特大級にオススメいたします。

仙台は風の町です。気候もよく住み易い町ですが、風が強いのが玉に傷でしょうか。アルティオ店舗がある立町はそんな仙台を代表する川、広瀬川のすぐそばにあるということもあり、風の強さをより感じます。
風に向かうのはしんどいですが、「鳥が飛ぶときは向かい風に向かって飛び立つんだ」と、友人のU社長が今日のSNSでつぶやいていました。至極納得。

新しい試みは、見えないこと、読めない事態と不安要素が大きいですけど、それでもチャレンジしなければ同じところでぐるぐるまわっておしまいです。
作家の私と店長の妻は若い頃に風まかせの旅をしてきましたが、その旅が「風に向かえ」と教えてくれたように思えます。だって、長旅をしていると移動しないのが一番ラクなんだもの。ラクだけど降り掛かって来る旅の神様からのプレゼントはどんどん少なくなってくる。これは不思議。

仙台での日常に戻りましたが、しばしホームでの給油ののち、あらたな風に向かうとしましょう。今、新しいことを始める準備が進んでいます。新しい風、かもしれません。一人だけでやっていることではないので、発表できるのはもうすこし先です。フリーランス画家は単独飛行に見えるかもしれませんが、そんなことはありません。個展にいらしてくださったお客様をはじめ、すれ違う人でさえ飛び立つことを支えてくれる大きな浮力であり支え、そして推進力に違いないんです。

絵は「Home」。来月開催の銀座個展案内DMに使ったイギリス・ウィットビーの港町。漁から港へ戻ってきた漁船を描いた一枚です。Homeがあるから明日もチャレンジできます。神戸から東京銀座へ。ホームとしての仙台,そして東北に感謝しています。

ギャラリーページにこの絵とフランスの港の絵をアップしました。どうぞ、ごらんください。

今日もブログ連載中の「子規と歩いた宮城」をアップします。みちのく旅をどうぞご一緒に。今回からマップも添えます。俳句をなさっているかた、子規に興味がある方、マップを元にぜひ現地へ行ってみてください。ちなみに文中の子規の句は、私が最も好きな句のひとつです。

+  +  +

『子規と歩いた宮城』第3回 

子規、西行との邂逅 -岩沼・愛島-

旅衣 ひとへに我を 護りたまへ  子規 

 

 愛島に実方中将ゆかりの道祖神社を詣でた子規は、墓所へと歩をすすめた。距離は神社からさほど遠くない。

 街道筋から脇道にそれ、ほどなく墓はみつかった。標柱脇の一房のススキが目に涼しい。


 子規の岩沼途中下車は、実方中将ゆかりの地を訪ねることにあったわけだが、墓所で西行の足跡と出会っている。

 今も柵で囲われたその傍らには、西行の句が彫られた石碑が立つ。


 苔むした表面を思わず指でなぞる。

 子規から見つめられているような、くすぐったい感覚。

 彼も、間違いなくここに立っていた。そう考えただけで、吹き抜ける風が百余年の歳月を払い去った。


 実方中将が葬られた岩沼を、西行、芭蕉が、子規が訪れた。そして今、何の縁(えにし)かそこに立つ自分がいる。


 「旅衣ひとへに我を護りたまへ」


 子規は西行との邂逅で、切ないまでの旅人の心境をこの地に詠み上げた。


 古今東西、人は不安を抱えながらそれでも旅を進めた。

 それは何かに繋がり、どこかへ還るためだったのではないか。愛島風景を眺めながら、そう思った。

 

 

 

ブレイクタイム:以下、今日のエピソードです。

「プレゼントのための絵を仕上げる水彩プログラムをやっていただけませんか?」
東北大学に留学できている中国人女性ソンさんから、2時間でご自分でポストカードサイズの水彩画を仕上げたい、、、そんな相談を受けました。
アルティオでは水彩教室はやっています。けれども「贈り物にするための絵を仕上げるプログラム」は初めてです。
初めてだからやらない、なんて理由はありません。描きたいモチーフを聞き、よろこんでお引き受けしました。

今日はそのプログラムの日でしたが、無事2時間で完成まで辿り着きました。
「プレゼントのための絵を仕上げる水彩プログラム」をやってみて自分でも,普通の水彩教室には無い「教えるメソッド」に気づきました。
ソンさんから終了後にいただいた言葉は、「楽しかったです。ぜひこのプログラムをもっと広めて行ってください。」
なんとも嬉しい言葉でした。

 

一昨年、はじめてアルティオに来てくれたSさんご夫妻のもとへ、ちび絵と一回り大きなスクエアサイズの絵が嫁ぎ、うれしいことにSNSでそのことを紹介してくれました。
お許しいただいたのでここに「お客様の声」として掲載させていただきます。
+  +  +
久しぶりに我が家に新しい絵がやってきました。
一度お会いしてすぐに大ファンになった古山拓さんと拓さんが描く世界。
鳥はイギリスのロビンという小鳥だそうです。花はイタリアの野に咲くひなげしだそうです。
どちらも生きてるみたいに可愛いんです💕
尖った気持ちも安らぐようです♡
いつかどちらの国にも行きたいな~。
またアルティオさんに遊びに行って、ヨーロッパの海や街の風景の見ながら、古山さんご夫妻から旅行の思い出を聞くことにしようと♪
ガイドブックには載ってないような街のお話しがホントに楽しいんですよー
+  +  +
はい、アルティオには旅好きな方もお立ち寄りいただいています。
近所にゲストハウス欅さんがあるのですが、そのお客様も時々ふらりと。
アルティオは「旅の水彩画」と、私達が旅先で知った「ヨーロッパの石鹸や雑貨」の質の良さを伝えたいとおもっています。

旅そのものを扱っているわけではないのですが、絵も雑貨も気持ちをリセットするやわらかなアイテムです。それらの空気が旅の空と似ているのかもしれません。心の「ツーリストインフォメーション」。そんな店でありたいです。
角をまがらないと見えない小さな店ですが、みつけたらどうぞ遠慮なくドアをあけてくださいね。

M・I・A
ときいて、「作戦行動中行方不明者」とぽんと出てくる人は、よっぽどの映画好きか、軍のことを知っている人でしょう。そんなタイトルの映画が昔ありました。missing in actionの略です。作戦中に行方不明になった兵士をそう言うらしいです。

東北学院大学(以下TG)を卒業して、しばらく私はM・I・A状態でした。バブル最盛期でしたが、仕事は不況どん底のアニメ業界。原画マンというほぼ日雇い状態の就労環境から、いくつかの会社を点々。住まいも変わり、当然行方不明者になっていました。よく今も「当時はM・I・Aでしたから」とつい言ってしまいますが、たいがいポカンとされます。(当たり前だ)

フリーランスイラストレーターとして、TGの学校案内の仕事なども何回かやっているのですが、そこは末端フリーランスの悲哀、名前が母校に伝わるはずもありません。母校と再度結びついたのは,広告代理店の営業K氏が私がTG出身者ということを知っていたからです。文学部を出て絵描きになっているという希少価値?が縁を呼び、TG・OB会報誌の仕事がその時はじまりました。震災前のことです。

このたびTG教養学部が設立30周年を迎え、一昨日の土曜日に紅陽グランドホテルで記念行事がありました。有り難くもお招きいただき、参列してきましたが、私が卒業したのは文学部史学科。それも35年以上前。盛大な式典でしたが知る人は学校関係者しかおらず、なんだか不思議な感じでした。

帰り際にわたされた記念品の中に、私が手がけたイラストを用いたクリアファイルが入っていました。
教養部の方が、気を効かせプロフィールまで作り同封してくれました。M・I・Aからなんとか生還した証として大切に使わせていただきます。このファイルが何かの縁に繋がることを信じています。ありがとうございました。