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見えざる何かが導く日って、たしかにあります。

いつも企画展のたびにいらしてくださるお客様が、一人の女性を連れてきてくれました。女性と私は初対面です。

『ランチを食べていたら、仕事仲間の彼女と一緒になってね…。彼女に今から「古山さんのアトリエギャラリーへいくんだ」というと、鞄から古山さんの絵本を取り出してきてさ。こりゃあ、一緒に行かねば、というわけで連れてきたんですよ。ちなみに彼女は絵本セラピスト。宮城県の認定第一号』

その女性がにこにこと鞄から取り出した絵本は,くすのきしげのりさんとの共著「あなたの一日が世界を変える」(PHP研究所)でした。

きくと毎日気になる好きな絵本を持って外出するとのこと。その日に限って「あなたの一日が世界を変える」だったそうです。

その女性が早速SNSにその日のエピソードとしてアップしてくれたのですが、北海道在住の絵本セラピストが偶然にもその記事を目に。その方もこれまた偶然にも仙台にいらしていて、忙しい時間の合間を縫ってアルティオに立ち寄ってくれました。

私が「あなたの一日が世界を変える」の絵を描くきっかけとなったのは、奇遇が過ぎるほどの偶然の重なり合いでした。そして、今また「何か」が絵本から生まれようとしている感じを受けました。

絵本を描くのは、ただ絵を描くのではありません。描かれるのは架空の世界なのですが、私の頭の中では目の前に広がる世界と同じほど、「リアル」なのです。そこまで想像をフィックスさせないと登場人物が動き出してくれません。ある意味、地球の裏側で起こっている=見ることができないけれど確固とある世界=と同じ存在として、私の現実世界には絵本に描かれる世界が存在しているのかもしれません。
そして、何かが起こる必要なタイミングに、目の前の世界に働きかけ、必要な出会いを紡いでくれるようにも思えるのです。

そう考えなければ,今回の絵本セラピストのお二方との出会いは、宝くじに当たるかのごとき奇跡的タイミングのように思えます。

想像の世界であっても、リアルに感じられるならば、現実として目の前にあらわれる、のかもしれません。下の絵は、絵本「あなたの一日が世界を変える」の世界を作り上げるにあたって私が描いた街の俯瞰図です。絵本では見開きに使われています。

そういえば、今日はぶどう畑のイラストラフを描いていました。

これも「あなたの一日が世界を変える」のぶどう畑のページが、なにかのかたちで今に現れてきているのかもしれません。そう考えるだけでワクワクが湧き上る、まさに絵本マジックです。

文学とアートのスペシャルなコラボウィークも中日を過ぎました。今日は日曜、たくさんの方にいらしていただきました。心からありがとうございます。トップのビジュアルは、展示新作から「ウォーターシップダウンのうさぎたち」。


ギャラリートークも10席がすぐに埋まり、立ち見まで。遠くは北海道の方も。
藤村みゆきさんとの「コラボ内幕暴露トーク」もみなさんに楽しんでいただけたようでほっとしています。
伝えたかったことのひとつは、異ジャンルコラボは「壮大な?実験場」=「コラボの実験的試み=発火が、次の定番の仕事にフィードバックして行く」ということ。


お客様の中に今は現役を退いた研究者さんがいましたが、「まさしく、あなた達の言う通りです。一軒無駄に見える実験やテストの繰り返しが新しい結果を生み出すんですよ」
その言葉は私たちにおくらtれたエールとなりました。

トークを聴きにきたアルティオ常連のKyokoちゃんは、なんと、着物できてくれました。
「だって、文豪文学コラボですもの、今日はテーマに合わせて着物よ♫」
となんとうれしいことを。さすがの常連さんです。文学トーンを一段と高めてくれました。      

山形余目の家具作家桑原信之くん、通称くわちゃんもサプライズ来訪、時同じくしてミュージシャンの苫米地サトロ君も。サトロ君はいつもの突然ライブを今回も演ってくれました。偶然お店にいらしたお客さんの中には、彼の歌に涙していた方も。


私たちは本当に友だちに恵まれています。くわちゃん、サトロくん、ありがとう。

そして最後に、今回陶芸指導をしてくれた陶芸家の加藤晋さんが来訪。きもちよく中日を締めくくってくれました。あらためてご指導をありがとうございました。

明日はいつもは定休日となる月曜ですが、会期中ですのでもちろんお店を開けています。藤村みゆきさんも来場します。火曜日が最終日です。ぜひ実験コラボを皆さんの目でお確かめください。

会期中は展示のことがついブログのメインになってしまいますが、とある絵本と神戸個展の制作も早朝モードで進行中です。今進んでいる絵本は、いずれ時期が来ましたらお知らせしますね。

+++
正岡子規「はて知らずの記」を辿る「子規と歩いた宮城」転載連載、続きをアップします。子規は多賀城政庁跡から岩切へ。松島から仙台の戻る道中です。

岩切
蓮の花さくやさびしき停車場  子規

 私は、旅がくれる贈り物の一つに、「匂い」があると思っている。旅先で無意識に嗅いだ街角の匂い、食堂の換気、通り過ぎる香水の香り…。場所ごとに異なる匂いは現地でしか得られない。

 そんな旅先の匂い記憶が効果を発揮するのは、日常に戻ってからだ。鼻先をかすめた空気が引き金となり、ふと旅記憶が呼び覚まされる。遥かな地を空気まるごと思い出す、極上の旅のみやげだ。

 そんな嗅覚を強く刺激する場所のひとつが、駅だと思う。レールの鉄臭さをベースに、駅舎に行き交う人々の様々な想いが振りかけられているのだから、当然といえば当然かもしれない。

 今回の句は、正岡子規が多賀城から仙台に戻る途中立ち寄った岩切駅に詠んだものだ。彼は駅舎の匂いを吸い込んだ。旅を終え日常に戻った子規は、東京の空の下で、ふとした拍子に岩切の空気を思い出したのではないか、そう思いたい。

 塩釜、松島、そして多賀城とわずか二日間で史跡を訪ねまわった正岡子規。上野駅を出発した七月十九日から、数えて十二日がたっていた。
(絵と文・古山拓)

 

今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。

 

17日からはじまるBungaku Cartoon展への出品作を二点ご紹介です。フライングですが、複葉機につきフライングご容赦ください。この二点は、サンテグジュペリからの想像で描いた水彩イラストです。Potez 25(冒頭イラスト)とBreguet 14。

ブレゲー 14(Breguet 14)は第一次世界大戦におけるフランスの爆撃機。ポテーズ 25は複葉機。郵便飛行機としても使われたもの。

星の王子様がもっとも読まれていると思います。が,ご本人のイラストが素晴らしすぎるので、あえて今回の企画展では、私はサンテグジュペリのヒコーキものに敬意を表して二枚羽根複葉機を描きました。

資料写真を集めてからデッサンし直し、オリジナルの構図で描いています。「このアングルだとこう見えるはず!」と、私の脳内CGです。コンピューターには敵わないけど(笑)ヒコーキはプロペラ付きまでが描いていて楽しいですね。

以前、とある空撮のロケハン仕事でセスナ機に搭乗したことがありました。機体が小さいゆえでしょうか、飛行機が「空気という固まりの上を切り裂き滑って行く」感覚を体感できたのが印象的でした。

(Breguet 14)

++++

子規の「はて知らずの記」を辿るエッセイ転載、続きを記します(原本は拙著「子規と歩いた宮城」)。   今日は松島五大堂です。

『子規と歩いた宮城』第11回 松島・五大堂

すゞしさや島から島へ橋つたひ   子規

 瑞巌寺山門前の宿に荷物をおろした子規が、最初に訪れた場所は観瀾亭だ。秀吉が政宗に与えた茶室が移築されたものだと「はて知らずの記」にガイドブックさながらに記されている。

 子規憧れの地だ。松島を歩き始めた彼の高揚感は紀行文にも現れている。観瀾亭に言及するボリュームからは、感激した様子が十二分にうかがえる。観瀾亭で島影を眺めたのち、彼は瑞巌寺、そして五大堂へと歩を進める。

 松島が日帰り圏の距離に住む私は、何度もこの名勝を訪れ、放つ魅力を楽しんできたつもりだ。けれど、今回の松島行は何かが違っていた。子規のつづった紀行文をたどりながら訪ねた松島は、まるで、彼の網膜に時を超えてアクセスしているような、そんな感覚だった。子規の目に入り込む感じと言えば分かりやすいだろうか。

 気が付くと五大堂を前に、かばんから鉛筆を取り出していた。

 「子規の目線を描く松島も面白いな」。彼が句に詠んだ欄干の赤い弧を捉えながら、そんなことを思っていた。

(絵と文・古山拓)

 

絵本「交響曲『第九』歓びよ未来へ!』くすのきしげのり・作/古山拓・絵/PHP研究所
交響曲第九のアジア初演に関わる奇跡のようなエピソードを一冊の絵本に。2018年6月、第九初演百周年にあわせての記念出版。

 

M・I・A
ときいて、「作戦行動中行方不明者」とぽんと出てくる人は、よっぽどの映画好きか、軍のことを知っている人でしょう。そんなタイトルの映画が昔ありました。missing in actionの略です。作戦中に行方不明になった兵士をそう言うらしいです。

東北学院大学(以下TG)を卒業して、しばらく私はM・I・A状態でした。バブル最盛期でしたが、仕事は不況どん底のアニメ業界。原画マンというほぼ日雇い状態の就労環境から、いくつかの会社を点々。住まいも変わり、当然行方不明者になっていました。よく今も「当時はM・I・Aでしたから」とつい言ってしまいますが、たいがいポカンとされます。(当たり前だ)

フリーランスイラストレーターとして、TGの学校案内の仕事なども何回かやっているのですが、そこは末端フリーランスの悲哀、名前が母校に伝わるはずもありません。母校と再度結びついたのは,広告代理店の営業K氏が私がTG出身者ということを知っていたからです。文学部を出て絵描きになっているという希少価値?が縁を呼び、TG・OB会報誌の仕事がその時はじまりました。震災前のことです。

このたびTG教養学部が設立30周年を迎え、一昨日の土曜日に紅陽グランドホテルで記念行事がありました。有り難くもお招きいただき、参列してきましたが、私が卒業したのは文学部史学科。それも35年以上前。盛大な式典でしたが知る人は学校関係者しかおらず、なんだか不思議な感じでした。

帰り際にわたされた記念品の中に、私が手がけたイラストを用いたクリアファイルが入っていました。
教養部の方が、気を効かせプロフィールまで作り同封してくれました。M・I・Aからなんとか生還した証として大切に使わせていただきます。このファイルが何かの縁に繋がることを信じています。ありがとうございました。

 

「外国人向けに日本語をわかりやすく伝えたい。理解を促すイラストは柔らかく、シーンをしっかり捉えた絵にしてほしい。」
そんなオーダーでえがいた今日アップしたイラストは、某大学の教育コンテンツ用のイラストです。

今年も同じコンテンツの仕事が動いています。今回もシーンを効果的に見せるのが第一目的。アート作品とは違い、イラスト本来の姿ですね。

個展では自分の世界を描き出しますが、解説イラストはあくまで主役の文を助ける脇役。描き方も発想もアングル構成も全然異なります。色合い、背景のトーンも最適なものを考えて気を配ります。たぶん見る方はそこまで読み取らないと思いますが。。。

「最適な構図・最善のアングル」を考えて描く。描きはじめはああでもないこうでもないと模索しますが、決まったときは快感です。その気持ちよさがあるからイラストレーターをやっているのかもしれません。

絵を商売にするためのスキルは、いろいろあります。イラストでも絵画でも一緒だと思います。デッサン力はもちろん、構成力や色彩感覚はいわずもがな。(この色彩感覚って、意外と時代に左右されるシロモノかもしれません。)お客様の意の、言葉に現れないところも汲まなければなりませんから、推測力も欠かせないものだと思います。ネットスキルやデジタルスキルも今やそのひとつ、、、このあたりはかなりあやしく、冷や汗ではあります。上手いヘタを突き破る「勢い」もスキルのひとつかもしれませんね。上手く見えないけど迫ってくるんだよなあ、って絵、ありますし。

でも一番大事な能力って、「自分を信じる」ことじゃないかな?どんな仕事でも一緒だと思いますが、意外に信じるって、ヘビー級のパワーが必要です。どんなときも、へこたれそうなときでも、「いける!」と信じる力。自分が塗る絵の具や、鉛筆で引く一本の線が信じられるか?

私は、信じています。だってそうでなければ、いままでご縁いただいたみなさんと、これから出合うお客さんに対して失敬きわまりないというものです。
さあ、明日も自分の線を信じれば、いい日がやってくる♩

特別な才能を持たぬ絵描きは♩鍛錬の日々。今日のトレーニングラクガキは、「侍」でした。…トレーニングドローイングなので、あれこれ突っこまないでくださいね(笑

 

 

 

先日、仙台市商工会議所文化観光部会主催の講演会にいってきました。

講演は二つ。 講師仙台市文化観光局長・天野元氏による、「仙台市交流人口ビジネス活性化戦略〜日本一の体験都市を目指して〜」と、 講師リクルート・じゃらんリサーチセンター長・沢登次彦氏による、「観光の未来を予測する〜仙台・宮城・東北が今からやるべきこと〜」でした。

商工会議所から案内を受け取ったときから非常に興味がわき、出席即決。 内容はとても濃く、これから先10年の海外からの観光客=インバウンドを見据えた内容で、大きな指標をもらうことができました。

絵描きがなんで?と、思われるかもしれません。もともとアルティオの私たちは海外取材するときに基本的には個人で旅します。若い頃はいわゆるザックを背負ったバックパッカーでした。 長年そういった取材旅を続けるなかでいつも思うことがありました。それは海外の観光案内所=i=インフォメーションやゲストハウスに立ち寄ったときに受ける印象、旅の多様性へのサポートです。

私の仕事は絵を描くことですが、海外取材旅でうけとってきたそんなヒントを、絵に生かしつつ地元に還元できないものか?そのことを深く考える機会になりました。

商工会議所の今回の部会の出席者で、アーティストは多分ごくごく少数だったと思います。 観光業界の方々とは異なった表現者ならではの旅で得てきた目線を「地元の観光」に活かしていくことを探る。それが観光業界のプラスになるかどうかはわかりませんが、少なくともマイナスにはならないはず。そう思いました。

素晴らしい講演をくださった天野氏と沢登氏に感謝の講演会でした。ありがとうございました。

トップ絵は、仙台駅前の路地にある仙台朝市。下の絵は、英国コッツウォルズの玄関口となる町のひとつ、バーフォードを描いた「目抜き通り」です。 もちろんこの取材旅体験にも、地元観光に役立てるヒントが隠れているはずなのです。

だれでも子供の頃、何かに影響を受けて今があります。それはある人は野球かもしれないし、サッカーかもしれない。ラグビーってこともあるし、踊ることや釣り、木登りかもしれません。自分に影響を与えたモノってなんだろう?と考えるきっかけがありました。今年四月開催する人形作家さんとの二人展企画のアイデア出しの時のことです。

過去に遡ってみます。私の場合は好きでやっていたことって、小学生の頃は、貝塚ひろしの戦記マンガや松本零士の戦場まんがシリーズをまねて描くことでした。

中学高校では映画にはまり、テレビとは違う映像アートに夢中になりました。
ヤマトや999の時代です。アニメもよく観ました。出崎統と杉野昭夫が作り出す「家なき子」「あしたのジョー2」そして原作換骨奪胎の名作「宝島」が好きでした。(過去形じゃなく今も好き)

大学では、谷口ジロー「事件屋稼業」や守村大の「イブのおくりもの」、大友克洋「気分はもう戦争」に新しい世界を見、「アキラ」は雑誌掲載のトビラをスクラップ。よくアングルをマネしてラクガキしていました。

その後、アニメーターとして社会人をスタートしましたが、それは自然な流れだったように思います。
当時のアニメーターの師匠は「いいアニメーターになりたいならアニメを観るな。映画と能を見ろ」と私に言いました。当時、能は分からなかったけど、映画だけはよく観ました。

こうみてみると、絵画がほとんど出てきません。今の自分の基層となり血肉を作ってくれたのは、紛れもなく映画とマンガ=カートゥーンでした。

昨日、人形作家の藤村みゆきさんと四月開催の二人展「ブンガク・カートゥーン展」の打ち合わせがありました。
文豪や文学を題材にした二人展ですが、タイトルにはあえてカートゥーン=マンガという言葉をもってきました。
自分にエネルギーを与えてくれた世界を大切にし、敬意を評し、楽しんでみたいと思っています。

何が生まれるか、自分でもわかりません。二人で話していると、どんどんやりたいことが出てきます。

深いところで基礎となっている感覚を大事に、それこそポップコーンのように弾き出せたら楽しいだろうなと思っています。

(アップしたマンガは二人展とは全く関係ありませんが、実話です)

描いているときは、その絵がどこに嫁いで行くのかわかりません。ただただ無心に描きます。

このちびっ子達が花束を持っている絵は、アルティオオリジナルメッセージカードに使われている一枚ですが、原画が東松島市の鳴瀬中央医院に嫁ぎました。

院長先生がアルティオで「この絵は医院の壁にかけます」と決めてくださいました。先日写真を送っていただきました。

実は鳴瀬中央医院の待合室には4枚の私の絵が架かっています。そこに座る方は体調を崩してくる方が多いでしょう。そんな待合室でまっている間、すこしでも気持ちがほぐれてくれるといいな。

花を抱えたちびっ子ピクチャーは、スマイリー。もちろん快復オーラ全開ピクチャーです。

待合室の写真から院長先生の暖かさが伝わってきました。