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#岩手

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ふるさと盛岡の中心に、かつて「盛岡バスセンター」がありました。この呼称自体、かなりの時代を感じさせますね。今ならさしずめセントラルバスターミナルとか、バスステーションとか、まあそんなかんじでしょう。ドック式のバス乗り場が連なっていて、どこか郷愁を感じさせる、好きな場所でした。

数年前に「取り壊される」と聞いて、取材に行きました。建物の中は立ち食い蕎麦やがあったり、両親の代から使われていたに違いない椅子が誇らしげなカフェがあったり、まさに昭和でした。

岩手日報社から年二回出版される「北の文学」。その表紙絵を担当していますが、今回はあえて今は無き記憶の風景を描きました。バスセンターです。

イラストを仕上げて送ると、新聞社の担当さんから「よくぞ描いてくれました」との返信が。岩手在住者にとっても、バスセンターはやはり特別な存在だったんですね。

記憶の風景を描くときに,写真の色は意識的に無視します。塗込めるのは心の色。絵だからできることが、そこにあると思っています。

本の表紙イラストはモノクロですが、原画のカラー版も掲載しておきます。私の記憶の盛岡バスセンターです。

盛岡と言えば、来年2020年の川徳デパートでの個展が決まりました。4月下旬、石割桜が咲く時節になりそうです。

 

東北水彩風景 「春待つ日々」岩手

戊辰戦争から150年。ご存知の通り、幕末から明治維新の様々な歴史の見直しがされています。
私が義務教育を受けていた40年ほど前、幕末から近代以降は学校の授業ではあまり深く触れられなかったように記憶しています。(いやいや、そんなはずはない、居眠りしていたにちがいない)

ふるさとの岩手盛岡にある盛岡市先人記念館で開催されていた「明治150年と盛岡」展が終了しました。実は、ほんの少しばかりですが、イラストレーターとしてお手伝いをさせていただきました。

昨年から今年のはじめにかけて岩手日報に連載された盛岡藩の幕末小説「柳は萌ゆる」(平谷美樹・作)の挿絵を手がけましたが、企画展のために、数点イラスト作品データを提供したのでした。もっとも絵は小説の内容からのイメージですから、表現されているのは、私の脳内世界です。それでもイメージングの素材には役立ったのではないかと思います。

先日、いただいた企画展パンフレットの奥付けに、ふと目が止まりました。協力者クレジットに自分の名前が、、、。見逃していました。150年前に渦巻いていた時代の奔流に、150年後の「未来」からほんのわずか関われたようで、とても嬉しかったです。

描くことで、ふるさとの人文科学にわずかでもお役に立てたこと。それは絵描きとして細々と生かしてもらっている自分にとって、故郷から大きな賞をいただいたようなものでした。ありがとうございました。

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時代小説「柳は萌ゆる」平谷美樹・作は、このたび実業之日本社より刊行されました。(私の挿絵も一部つかわれています。)

平谷先生は、当時の情報の少なさの中で苦悶する盛岡藩のサムライたちの生き様を、見事に書きだしました。IT,Ai,グローバル(という言葉は個人的に嫌い)が世界を席巻し、国境があいまいになり,変化が見えにくい「今」は、幕末維新の時代に通じるものがあるように私は感じています。この本は、そんな今だからこそ読む価値があると思います。

「歴史は繰り返す」。あらためてこの言葉の重さを感じています。

 

東北水彩風景 【雪原素描】金ヶ崎・岩手

#東北水彩風景 「タグ小景」岩手・宮古港

#東北水彩風景 「母国遥望」岩手八幡平

岩手の情報誌「ラ・クラ」で絵本「交響曲『第九』歓びよ未来へ!」が紹介されました。100年前に第九がドイツ兵捕虜達によって日本ではじめて歌われたきっかけ。それは収容所長が戊辰戦争で敗軍の気持ちを理解していた会津若松出身の松江所長の存在があってのことでした。

東北で取り上げられたことがとても嬉しく思います。掲載ありがとうございました。

 

おかげさまで、昨日11日、盛岡川徳での個展が盛況のうち幕を引くことができました。ご来場の皆様、ありがとうございました。

そして今回も絵を嫁がせていただいた多くのお客様に心より御礼申し上げます。お陰で、再来年も岩手で皆様にお目にかかれそうです。

冒頭で紹介する絵は、最終日の閉場間際に嫁いだ6号作品です。

以前、英国ハワースを描いた作品をお求めくださったお客様が、南仏の小さな村を描いた「鷲の巣村」を決めてくださいました。

「リビングに掛けるのが楽しみです」と、お持ち帰りくださいました。

石割桜の絵は、少々大きめの一枚でしたが、盛久ギャラリーさんの元へ、収蔵作品として嫁いで行きました。石割桜の季節、収蔵作品展示の一枚としてお披露目していただけるようです。こころより感謝申し上げます。

盛岡はふるさとですので、高校、中学、小学校の同級生や、先輩方に夜の食事も大変お世話になりました。ありがとうございました。一週間があっという間。まるで夢のようでした。

 

 

 

 

森羅万象、神様、宇宙、大いなるもの、、、どんな言い方でもいいのだけれど、昔から人々はそんな全てを司る力を知っていて、それぞれの文化のありかたで働きかけてきたと思います。

私が興味をひかれる文化に古代ケルト文化がありますが、その文化圏でも森羅万象に力が宿り、Faeries=妖精がいきいきと描かれています。

以前、ケルト文化の色濃いアイルランドを旅したときに妖精の画集を買ってきました。妖精といっても、かわいらしいものではなく結構怖い。小さなブラウニーなんて名前こそ可愛らしいですが、それだって実際目の前に現れたら、ひきます、きっと。同じケルト文化圏のフランスブルターニュ地方のあれこれを書いた本でも,似たような興味深い記述がありました。そこには大いなる力への畏怖があるように思えます。

ひるがえって自分が暮らす日本の祭りや伝承芸能を見ると、やはりおおいなる力への畏敬の念や感謝がかたちになっているように思えます。

ふるさとである岩手に鹿踊りという伝統芸能があります。(宮沢賢治も「鹿踊りのはじまり」という物語で鹿踊りのことにふれています。青空文庫で読めます→こちら)この踊りの衣装を見ると、ケルトの妖精達を思い出してしまうのです。動物と人間がひとつになっているような、そんな不思議なデザイン。(実際に目の前で鹿踊りの衣装をまとった踊り手を見ると、その大きな存在感に圧倒されます。)

いつも鹿踊りのデザインを見るたびに、人は大いなる力と常に繋がっている、、、という想いが拭えませんでした。

今日アップした絵はその鹿踊りへの想いを描いた一枚「faeries_鹿踊り」です。

 

 

荒れている海は、きらめく海以上に立ち止まってしまう。

この水彩画「雪風」の元になったスケッチ素描は岩手のリアスの海辺であることは確かだけれど、どこだったかいまとなってはわからない。

憶えているのは、強風が吹きすさんでいた、ということ、そして風にあがなうようにカモメ達が空に舞っていたということだ。雪は決してふっていなかった。私の場合、素描を元に風景画を描き始めると、心の中では雪が舞い、時間が夕刻へと近づき、漁村に光がともってくれていた。絵描きはことほどさようにウソをつく。

美しい海辺ももちろん魅力だけれど、荒海にあがなうように暮らし続けた漁村の体温もまた愛おしいのだ。こんな漁村が三陸にはいくつもあった。それが根こそぎ失われた2011年3月11日。そのことが時間が経つほどにくやしいので、アルティオで発表する。

決して上手い絵でも美しい絵でもないことは百も承知だ。でもそれが、イラストレーターと画家、この両方を行き来して「描くことで食う」という路上生活者スレスレの生き方を決めた自分を支えてくれている、多くのクライアントや嫁がせていただいたお客様への矜持だともおもっている。

NHK仙台放送局が掲げている、「震災伝承プロジェクト〜ふるさと未来への記憶」第二期展示が局の一階エントランススペースではじまりました。
取材をうけた私のクリップも流れています。ぜひごらんください。