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私の生まれた町はリアスの海辺、岩手県山田町です。
生まれて一年ほどしか居なかったとのことで、記憶はありません。小学校の夏休みに家族で海水浴に行った記憶が、一番古い山田の記憶です。

その記憶とは、小舟に乗って大島という離れ島にわたる船縁から見えた、エメラルドグリーンの海の底。きらきら美しいけど引き込まれそうで怖かった記憶があります。

今日、某局のドキュメント番組の取材を受けました。内容はオンエアが未だなのでふせますが、そのなかでリアスの海辺の話になり、山田のことをちょっとだけ話したのです。その時脳裏に一瞬フラッシュバックしたのが、船縁からのぞき込んだきらめきでした。

取材の直前、岩手日報社「北の文学」の刷り上がりが郵便でとどいていました。実はこの本の表紙のイラストを担当しています。画題は岩手の風景なら自由。今回は宮古の魹ヶ崎の灯台をモチーフに選んでいました。本州最東端のすっきりした容姿の灯台です。
宮古は山田の北にある町です。取材時に山田の記憶がはいりこんできたのは、そんな本の表紙を見ていたからなのかもしれません。記憶の連鎖は不思議です。

表紙はモノクロですが、実際の水彩イラストはカラーで描いています。今日は、そのカラーイラストをアップしておきます。山田の記憶もセピアではなくフルカラーでしたので。

山田は津波でやられてしまったけど、今はどうなっているんだろう。来年あたり山田を再訪してみたいな。

 しばらくどたばたしています。
人と会う一週間という感じです。ローラーペイントアーティスト、ドキュメントの映像ディレクター女史、イラストレーター志望の若人、アルティオのビジネス面をサポートしてくれているメンター氏と、神様がまるで「今週は人様に会いなさい」と言っているかのよう。先週が静かだっただけに、眼が回っています。

今週のはじまりはローラーペイントのアーティスト、さとうたけしさんのアトリエへ訪問、藤崎デパート内のケヤキカフェで12月3日開催される彼とのコラボレーションイベントの仕込みをしました。
ローラーアートは、ペインとローラー一本で作品を仕上げるというものです。一気の即興で仕上げますので、モチーフの陰影を確実に掴むデッサン力が必要になります。彼の力量はすばらしく、小泉元首相をはじめ、原辰徳氏といった有名人からオーダーをうけながら、世界的なイベントで活躍、舞台はワールドワイドです。
コラボレーションの仕込みが終わったあとは、彼の住む大河原に一泊、夜もアートコラボイベントの成功を祈って乾杯と相成りました。

もともとたけしさんとは8年くらい前に初めてであっています。
私の藤崎個展に彼が来てくれて、意気投合で固い握手。それ以降、彼も藤崎で個展を開催するようになり、私の個展開催中になぜか彼の打ち合わせがあるというタイミングで、毎年握手を交わしていました。お互に気になる存在だったわけです。

12月3日、ご都合つく方は、ケヤキカフェで行われるイベントにぜひどうぞ。
たけしさんのアートライブ、私の水彩ライブ、そしてふたりの共作と三つの制作ライブを披露いたします。また別会場では、2人の作家のワンディ2人展も開催、藤崎の美術ギャラリーさんが担当しまして、展示即売いたします。
ぜひぜひ足をお運びください。

イベント「さとうたけし&古山拓トーク&ライブペイントのソワレ」には予約が必要となります。
詳細とご予約申し込みはこちらです

トップの写真は、お遊びでローラーで描いた初作品の一部。モンサンミシェルのトップ。スケッチブックも写真も何も見ていないので、雰囲気だけです(笑)
下の写真は仕込みの裏ショットです。

この絵は、1999年の作です。発表は同年の晩翠画廊個展でした。昨晩、その晩翠画廊20周年記念パーティへ出席してきました。
思い返せば3回目の個展が晩翠画廊での1999年。以来、晩翠さんで12回の個展を開いてきました。
過去の藤崎、川徳、大沼各百貨店、東京銀座、岡山、京都など個展の数が45回ほど。四分の一が晩翠画廊での個展でしたので、ずいぶんお世話になり、また、ご迷惑をかけてきたことになります。

過去18年お世話になり、その間に館長さんも3人の方に面倒をかけてきました。

同画廊での最初の個展は「アイルランドスコットランド水彩画の旅個展」でしたが、初代館長さんが私のアイルランド行きを知り、作品を見る前に開催を決定。すごいチャレンジャーな画廊だなあ、と思った記憶があります。

2011年震災直後3月15日からは偶然「三陸の風景展」が予定されていたのですが、ライフラインストップの中二代目館長さんが開催決行。一週間を一ヶ月に延ばして開催したこともありました。

3代目の館長さんは、雪景色だけの個展や、今までとはベクトルが違う抽象画個展を許してくださったり、懐深い理解を示してくださっています。

私はいわゆる画壇に属していませんので、個展が発表の場、そして糧を得る場です。いままで生きてこられたのは晩翠画廊さんの存在が大きかったと言っても過言ではありません。ありがとうございました。そしてこれからさらに30周年に向けてさらに大きく羽ばたくことを願ってやみません。

昨日から晩翠画廊では20周年企画の一年間リレー転がはじまりました。私は来年五月のGWに担当します。昨晩のパーティでは担当作家が壇上に登壇。まわりは大先輩の画家先生ばかり。気持ちが引き締まった夜でした。

おかげさまで18日で藤崎個展が無事閉場いたしました。あらためてこの場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。

終わるや否や、新聞連載小説イラストと絵本の下絵に追われています。

一週間、ギャラリーでは水彩画やフランス風景の話に終始していましたが、現場に復帰してイラストを描いていると、ワクワクします。水彩で風景を描くのも好きだけれど、物語にイラストレーションで脇を固めるという仕事も違ったチャンネルで好きなんだな、と思います。

鉛筆で構図をとったり、戦うサムライを描き出すのが、本当に楽しいのです。

零戦とグラマンの戦闘シーンを描いたり、旧海軍の銃座で戦う兵士を描いたりしていた小学生のときから、本質は何も変わっていないな、と、あらためて思います。
三つ子の魂百まで、とはいったものです。

#サムライ #水彩 #イラスト #幕末 #構図

 

 

藤崎美術ギャラリーで開催中の個展が明日で中日を迎えます。

水彩画の制作は、今回も相変わらず試行錯誤でした。

それでも描き続けることで、先へと進めるんだな、きっと。

国にはそれぞれ、光と影の色があります。ヨーロッパであっても,英国,ポルトガル、イタリア、北欧とまったく陰影にさして来る色調は違います。不思議とその色は写真では映らない。フランスの色もまた違いました。

その色合いを描き出したいから、四苦八苦して絵の具と泥仕合します。

「今回も変わりましたね」

そういわれることが良きにつけ悪しきにつけ、作家の自分には最上の褒め言葉と受け止めたいです。

創作を生業にする者が、生み出す作品が変わらなくなったら、、、おしまいだもの。

 

18日まで開催中です。

お時間ございましたら、どうぞ、おたちよりください。

会場/藤崎 仙台市青葉区一番町3-2-17 本館六階美術ギャラリー

 

 

 

 

 

 

 

 

「個展をしたいって?ふ~~ん、、、ヨーロッパの絵ね。岩手の生まれなら、東北を発表しな。東北を描き続けるってんなら個展をさせてやるよ」
東京の某画廊オーナーが20年ほど前、個展はじめたばかりの怖い物知らず+あおっちょろい私の心に、ぐさりと突き立てられた言葉です。

今、ふりかえると、この言葉が20年、カタチどうあれ「描くことで食う」という奇跡的なことを支えてくれていました。オーナーは今は鬼籍に入ってしまいました。
画廊オーナーの言葉が発端となってはじまった、時間を見つけての東北行脚。かれこれ20年ほど絵描き目線で東北を見てきたことになります。

民俗学者が調べる東北。テレビや新聞で取材される東北。文筆家が記す東北。それぞれがそれぞれの言葉を持って、東北を語っています。ならば、私の言葉はへたくそなりに線描と絵の具なのでしょう。自分なりにテーマを決め、本を調べたりしての絵の取材でした。
絵は無言の表現ではあるけれど、歴史を知るなど下ごしらえをして見遥かす。そうすることで風景は、何も知らずにただ見て描く風景とは違ったように見えると思うのです。

20年経った今、依頼され続ける仕事のひとつに「祭り」があります。

祭りは東北各地、その地に代々根ざしてきた人々の記憶のモニュメントでしょう。華やかさの影に,忍耐、哀しみや怒りといった民の感情が、ちらりちらりと見え隠れするように思えます。そんな影をすくい取ることは絵ではなかなか難しいけれど、制作の時の心持ちは変わって来るというものです。そんなとき、自分なりの東北行脚を続けてきてよかったな、と、思うのです。

チャグチャグ馬こは、盛岡の祭り。この絵は東北労働金庫の情報誌表紙に描き下ろした水彩画。
最後の絵は、JR東日本「駅長オススメの小さな旅」の最新パンフ表紙イラスト。福島県須賀川の「松明あかし」です。

東北を歩いて、読んで、水彩画やイラストを描く。歩くこと、調べることは、役者さんが演技するにあたってする「役作り」に似ているかもしれません。

 

情報誌メルカートより「旅絵」連載

絵とエッセイ担当

テーマ/#地の果て#青森・今別#水彩#エッセイ#太宰治#家族