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絵本

連作 「広瀬川に遊ぶ子供の情景」から

『濡らすなよ』(千代大橋付近)

 

『夏の終わり』(熊ヶ根)

 

『なにもしないよ』(大橋)

 

『夏の日』(角五郎付近)

『いつもの場所』(霊屋橋)

『小遣いの使い道』(愛宕橋のたもと)

 

『放課後』(八幡付近)

『じっとなんかしてられない』(牛越橋)

 

 

 

 

 

 

岩手の情報誌「ラ・クラ」で絵本「交響曲『第九』歓びよ未来へ!」が紹介されました。100年前に第九がドイツ兵捕虜達によって日本ではじめて歌われたきっかけ。それは収容所長が戊辰戦争で敗軍の気持ちを理解していた会津若松出身の松江所長の存在があってのことでした。

東北で取り上げられたことがとても嬉しく思います。掲載ありがとうございました。

 

クライアント/グレープシティ

英語教材絵本

鉛筆+painter

迫り来る商品群に圧倒される女の子。あれもこれも欲しいのですが、、、
 

クライアント/グレープシティ

英語教材絵本

水彩イラスト

ねずみたちをどう擬人化するか、ねずみたちの目線を意識したイラストレーションです。  

「交響曲「第九」 歓びよ未来へ! 板東俘虜収容所 奇跡の物語」(くすのきしげのり・作/古山拓・絵/PHP研究所)が先週、出版されました。

「あなたの一日が世界を変える」に続いて、くすのき先生とPHP研究所さんからお声掛けいただいた絵本です。体裁は全作に準じ、第二弾的あつかいです。

ベートーベンの第九がアジアで初めて歌われたのは、100年前の徳島板東俘虜収容所でした。(わたしも初めて知りました)

当時の収容所長が会津若松出身。戊辰戦争での敗北で敗軍の兵士達の気持ちをわかっていたことから手厚くドイツ兵捕虜達を迎え、捕虜達が感謝の気持ちを第九演奏に託したのがはじまり。そのエピソードを、小学生の女の子が知っていくという筋立てです。

今は年末恒例となった第九演奏、そのはじまりが戦争の傷跡と友情。信頼だったとは。。。私は岩手出身でアトリエを仙台に構えていますので、東北出身の収容所長の存在にはことさらに特別な感情がありました。平和と国境を越えた友情への祈りを込めて、描きました。

制作は現地取材はもちろんのこと、くすのき先生、編集担当者様と膝を交えてベストな表現を練り、描き上げました。(モノトーンの絵は見返しです)

私は何度か書いてきましたが、絵を学ばずに歴史を学んだ人間です。(絵は独学)今回の制作には、そのことが大きく役立ちました。

歴史は教科書に載っている有名な人たちが作っていくのではなく、名も無い人々が織り上げていくものなのです。板東から世界にひろがった第九演奏は、まさにそのことを証明しています。

おかげさまで書店発売と同時に重版が決定、初版はもう手に入らないのかな。アルティオでは20冊ほどあります。アルティオ取扱い分は、わたしのサインを入れています。ぜひ、書店で、アルティオでお求めください。

 

 

夏休みはじっとり雨でおわりました。盛岡に同窓会に出席で帰省し、東京で働く娘と、同じく東京で大学に通う息子を迎え、締めくくりは妻の実家山形でお墓参り。ザがつくほど定番のお盆休みでした。

休みとはいえ、毎日短い時間ながら仕事にからんだあれやこれやはやっていました。自営絵描きはそんなものです。今日から本格的に復帰です。

今日の最初の仕事は、教材絵本の下絵でした。ラフ画制作は、鉛筆の走りを復帰させるのにもってこいです。楽器と一緒で休むと筆の走りが減速しているのがわかるのです。なので、リハビリ兼ねてのラフでもあります。

画像は、同じ発注元のグレープシティさんからの依頼で以前描いた英語教材の絵本、その一ページです。線描きは手描き。著彩はpainterです。

 

 

発注元/グレープシティ㈱

教材絵本

手描きにpainter着彩

 

 

この絵は岩手の金ヶ崎に取材した風景です。描いていると本当に狐があらわれてくれました。野生動物は取材しているとよく出会います。

動物の絵、というと、先日狐やうさぎのイラストをギャラリーページで紹介しましたが、子供たちが使う教材絵本の仕事をグレープシティさんから発注いただいています。
かれこれ10年ほど前からですので、随分描かせていただきました。

依頼される場合、ほとんど表現の要望はありません。原稿を読み、手に取る子供達の気持ちになると、自然にタッチが決まります。
それは水彩になったり、アニメ的な表現になったりとその時々で変わります。
あらためてそんな仕事をするとき、アニメーターの頃から様々な表現を描き重ねてきたことへ感謝するのです。

「ひとつのタッチで勝負しなさい」
「あなたの表現は多様すぎて…」

そう言われたこともありました。それも正しいと思います。が、気がつくと25年、自分流の仕事の仕方で描くことで食べてこれました。

ひとつのタッチで勝負していたら、今の自分はあっただろうか?

とりあえずは四半世紀。雨漏りしない家に住み、二人の子供達を描くことで育て、家族を養ってきました。
そして今もなお、発注先として思い出してくれ仕事を出してくれるお客様がいらっしゃる。

水彩画で描く東北やヨーロッパ、そして、子供向けの絵本。
これがどちらも100%自分自身で、結果オーライと感じています。

これからも受け取る人が喜んでくれるような風景画、水彩画やイラストを描いていきたい、そう思う昨今です。