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記憶をのせた舟

記憶をのせた舟

気がつくと前のブログから一月が経ってしまいました。

立町アルティオギャラリーのテナント契約が8月いっぱい。それに伴って後片付けと現状復帰、同時に川崎町の森のアルティオの移転準備、それらを水彩イラストの仕事と同時進行で進めていました。
言うは易し成すは難し。これ、笑えるほど。。。還暦前の体力あるうちの決断でよかった、、、と本気で思っています。(写真は少しずつ形ができてきた森のアルティオ内部です。あ、ちなみに食事は出せません、あしからず。現在準備中)

さて、そんなひと月、新しいクライアントさんと知り合いになったり、新規の仕事も動き始めたりで、一つをクリアにすると新しい何かが生まれるものです。今までも常にそうでしたが、今回もそう。

「見知らぬまちにいこうと思ったら、今いるまちを去らなきゃならない。」。心はいつも流浪の民。

このひと月、書家さんとの共作が立て続けに発表されました。一人は菅原紫雲先生。

菅原先生は原爆のことをご自分の言葉で書かれました。ぼくは末尾に墨画を添えました。その出会いは必然としか思えない邂逅でした。

震災遺構の大川小学校・大川震災伝承館で、描いた水彩イラストが公開されました。(モニター上で大川地区の記憶を描きました。黒子ですが)この仕事は、今は亡きプランナー・故・三國仁志氏がぼくに託した仕事でした。三國さん、絵、仕上げたよ。

一昨日までせんだいメディアテークで開催されていた書展にぼくの描いた抽象画が縁あって書の傍に展示されていました。
そのタイトルは「航路の記憶」です。書に書かれた言葉「今を生きる誰もが太古からの記憶をのせた舟」は記憶の航路のキャプションにぼくが描いた一文からの抜粋でした。

航路とは、「人は太古から記憶をのせた舟」であることを暗喩してつけた言葉です。書家天艸久美子さんがその言葉を渾身の作品に仕上げ、文部大臣賞を受賞しました。言葉に命を吹き込んでくれました。

それらは全て、「アルティオを始めよう」、そして「森の中へ移そう」と決めたことと、緩やかにつながっているような気がします。いえ、もっとはるか前から織られていたことなのかもしれません。

改めて、表現もまた、「記憶をのせた舟」であるのだ、と思っています。最も気分だけは流浪の民ですから、これから、どこへ流れていくのかは、自分でもわかりません。

ただ一つ言えることは、描きたいもの、描いてほしいと求められるモチーフたちと四つに組み合って、一枚一枚ぼくなりに丁寧に描いていきたい、ということです。

(森のアルティオ:モリアル=は現在鋭意準備中です)