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1999年の神戸

1999年の神戸

神戸の個展『Beyond the Sea』開催まであとひと月半となりました。準備が進んでいます。お世話になっている「日本橋Art.jP」さんが告知を打ち出してくれました。ありがとうございます。

はじめて神戸を訪れたのは、1999年。阪神淡路大震災の傷跡がまだ残っているときでした。物書きをやっていた友人の縁で、仮設居酒屋を営んでいた女将さんを訪ねたのでした。(女将さんは亡くなられました…)当時、長田区を中心に回ったのですが、震災の残滓がさら地とともにまだあちこちに残っていて仮設住宅もまだありました。

 女将さんは仮設に暮らしていました。小さな部屋だったことが記憶に残っています。そして仮設居酒屋では焼酎を飲みました。アテは「神戸のおふくろの味」。翌日、女将さんが通うお好み焼き屋さんに連れて行ってもらいました。ショッピングセンターに入っている店だったと思います。「神戸で一番美味しいのよ!今度神戸来たら必ずきなさい」…店の名前も残念ながら覚えていません、、、はたして、今、場所が分かるかな??

 その後、しばらく訪れる機会が無かったのですが、商工中金のカレンダー仕事の取材で再訪したのが2012年。そして、2015年、とある神戸開催のグループ展に参加したことがきっかけで訪れました。でも、ともに一泊二日の強行軍、あまりゆっくり見ることができませんでした。

 511日からの個展、場所は三ノ宮トアロードにあるトアギャラリーです。今回は一週間の神戸滞在です。個展出張なので日中はギャラリーに詰めなければなりません。それでも朝と夜は神戸を楽しもうと思っています。1999年に訪れた長田区も行ってみたいです。

 はじめての神戸個展ですが、SNSを通じて知り合った神戸や関西の友だちが個展のDMを店においてくれたり、撒いてくれています。ありがとうございます。もし、「置いてあげるよ〜「「配ってあげる」という方、もしいらっしゃいましたらDMを送りますので、どうぞメッセージをくださいませ。

 下にアップした写真は1999年の神戸長田区です。しかし、自分の髪の黒さにびっくりしました。当時連れて行ってくれた物書きの友人に感謝しています。心からありがとう。

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 正岡子規「はて知らずの記」を辿る辿った自著転載、今回は松島湾です。

 『子規と歩いた宮城』第8回 松島湾・1

「涼しさや かもめはなれぬ 杭の先」  子規

  「山やうやうに開きて海遠く広がる。船より見る島々縦に重なり横に続き遠近弁へ難く其数も亦知り難し。一つと見し島の二つになり三つに分かれ…(中略)…我位置の移るを覚えず海の景色の活きて動くやうにぞ見ゆるなる。」(はて知らずの記より)

 塩釜から船上の人となった子規の松島湾描写だ。私も塩釜汽船発着所から乗船し、湾内クルーズとしゃれ込んだ。目指すは子規と同じく松島の船着き場だ。

 太いエンジン音が高まると、汽船は岸壁を離れ湾内に滑り出した。遠くに一つに見えていた島が、進むにつれ二つ三つと分離していく。子規の描写と同じだ。写真では味わえない動的な面白さ。

 私の心をさざめかせたのは、養殖いかだや、湾内に突き立てられた竹の杭(くい)だ。海原と島々が主旋律なら、カモメたちが羽を休めるそれらは対旋律か。

 風光明媚(めいび)なだけではない、波間にのぞく漁民の暮らし。松島湾の魅力は、海に生きる人の力強さと島々のハーモニーだ。子規もまた、それらが奏でる極上の音楽を「見た」に違いない。

(絵と文・古山拓)